演歌歌手 ジェロ(JERO)「海雪(うみゆき)」について!

ジェロ/海雪CD画像(JERO)ジェロ(JERO)は、アメリカ合衆国出身で初の黒人演歌歌手ですが、海雪が大ヒットしています。
ジェロの本名は、ジェローム・ド・ゲンカセ・ントジュニア Jerome White, Jr、ですが、ペンシルバニア州のピッツバーグ生まれで1981年9月4日が誕生日の26歳だそうです。
2008年2月20日にビクターエンターテインメントから演歌歌手ジェロがシングルCD「海雪(うみゆき)」で正式にデビューしました。

演歌歌手としてジェロ CDのデビュー曲「海雪(うみゆき)」は、作詞が秋元康さん、作曲が宇崎竜童さんのコンビで、海雪の歌詞の歌いだしが、「♪凍える空から 海に降る雪は 波間にのまれて 跡形もなくなる♪〜中略〜 ♪あなた 追って出雲崎 悲しみの日本海 愛を見失い 岸壁の上 落ちる涙は 積もることのない まるで海雪〜」と続く歌詞は、日本人の心を歌う演歌で歌声だけを聴けば、甘い声でとても、黒人歌手が歌ってるとは思えませんよね。

ジェロが演歌歌手 となるきっかけは、母方のおばあちゃんが日本人で、その影響から子供の頃より演歌に親しんできたようで5〜6歳のころに、おばあちゃんが口ずさむ演歌を聴いて子供心に演歌に心ひかれ、ジェロは「おばあちゃんの喜ぶ顔が見たくて一緒に歌った」と言っていました。
ジェロが最初に好きになった曲は、美空ひばりさんの「越後獅子の唄」だそうで、日本在住の親戚から送って貰ったNHK紅白歌合戦の録画ビデオを繰り返しみて、演歌の歌詞を次々と覚え歌を歌ってるうちに、日本語も堪能になったそうです。

ジェロのインタビューと演歌 海雪の動画B



ジェロが演歌歌手として海雪でデビューする前のエピソードで、昨年5月に行われたジャズバンドの野外ライブのゲストで呼ばれたとき、ジェロがステージに登場して得意のヒップホップダンスを披露した後、JEROが「これから演歌を歌います」とステージの上で自己紹介すると、ヒップホップ スタイルとのギャップに野外ライブの観客から笑いが起きたそうですが、ジェロが「釜山港へ帰れ」を歌い始めると、初めてジェロの歌を聴いた観客は、その歌唱力に驚きどよめきがおきたそうです。
あのジェロの歌声を初めて聴けば、だれだって驚きますよね。

演歌歌手 ジェロ(JERO)のプロフィールとジェロ ブログ紹介

ジェロ(JERO)は、アメリカ・ペンシルヴァニア州ピッツバーグ生まれの26歳で、ジェロが15歳のとき、「日本語スピーチ大会」に出場するためにはじめて来日したそうで、高校時代にはダンスチームの主将を務めてたそうです。
ピッツバーグ大情報科学部を卒業後、関西外語大学に3カ月留学していたときに「日本で演歌歌手になろう」と決意したそうですよ。
そして、2003年に再来日して和歌山県内で英会話講師や翻訳、システムエンジニアとして働きながら各地のカラオケ大会に出場しながら、演歌歌手になるチャンスをさがしていた時、和歌山県新宮市で開かれたNHK素人のど自慢大会に出場し、みごとな歌唱力で合格し準グランプリに輝いたそうです。
その時のジェロのスタイルは、ヒップホップファッションで演歌「坂本冬美の夜桜お七を歌います」と紹介した時、会場は爆笑したそうです。
2005年にビクター大阪の関係者が別の大会坂本冬美さんの「羅生門」を歌って準優勝した時に、ジェロが演歌を歌うところをみて、歌唱力だけでなく存在感のある個性も評価されてスカウトしたそうです。
ジェロは演歌歌手としてデビューする前に、2年間の厳しいボイストレーニングをこなし、歌詞への深い理解や表現力を磨いて、ついに「海雪(うみゆき)」でデビューにこぎつけたそうです。
作詞は偶然にも、おばあちゃんが好きだったひばりさんの曲を手がけた作詞家の秋元康さんが担当して、作曲家の宇崎竜童さんが曲をつけた、海雪ですが、デビュー前に亡くなったジェロのおばあちゃんに対する思いが通じたのでしようか。
初の黒人演歌歌手として、ジェロ(JERO)が2月20日、シングルCD「海雪(うみゆき)」をビクターから出しデビューしました。
ジェロのブログを見つけちゃいましたから、「JERO'S BLOG -ジェロのブログ」を紹介しておきますね。
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